【灘の朝ごはん1食目】カフェ・ド・ピコロモンド

今朝は大石のBSショッピングセンターから25年前に王子公園の東に移転した老舗喫茶店「カフェ・ド・ピコロモンド(旧ピッコロ)」で分厚いトーストをかじり、コーヒーをすする。大きな窓から青谷リバーを眺めているとヘンリー・マンシーニの名曲「ムーンリバー」を思い出した。学生時代「ティファニーで朝食を」を初めて見たときティファニーという喫茶店にヘップバーンが朝飯を食べに行く映画かと思ってたら全く違っていた。数年後、女の子へのプレゼントはティファニーのオープンハートというバブリーな時代になったが、当時の僕にはそんなものは買えず、結局リンゴの形をしたピアスを誕生日に渡したと思う。あれから30年経った。そして「カフェ・ド・ピコロモンド」は今年創業50年を迎えるそうだ。

カフェ・ド・ピコロモンド
●場所
神戸市灘区中原通7丁目
●本日の朝食
ホットコーヒー、トースト
450円


【灘の昼ごはん363食目】晃龍「炒飯」

神戸はウスターソース発祥の地だそうだ。今でも神戸市内には小さなソース蔵(というのか?)があり独自の地ソース文化を形成している。思い起こせばウスターソースは醤油と並ぶ食卓の必需品だった。カレーに天ぷら、エビフライ、そして豚まんにもソースを合わせるのが神戸流だった(と勝手に思ってる)。中華でも容赦しない、炒飯にだってウスターをかけた。久しぶりに「ウスターをかけた炒飯」を食べたくなった。といっても最近の味の濃い炒飯にウスターをかけるとくどくなってしまう。その点、畑原市場の中華惣菜「晃龍」の炒飯はウスターがよく合う。最初はそのままあっさり食べる。そして後半にウスターをひとかけした瞬間、中華と洋食が渾然一体となった神戸のソウルフードに変貌するのだ。

晃龍「炒飯」
●場所
神戸市灘区倉石通1丁目(畑原市場)
●本日の昼食
炒飯(ウスター味)
300円


【灘昭和館】阪急西灘駅

33年前のロサンゼルスオリンピックの年、5月のどんよりと曇った日だったと思う。

「松蔭に可愛い子がおるねん。知っとお?」

西灘楽天地の「モスバーガー西灘店」で学校をサボっていた時、友人から聞かれた。

「いや」

学校までの長い坂を登る気力も知力も体力も消え失せていた僕は、そんなことは
どうでもよかったが、友人と別れたあと、当時松蔭生がよく立ち寄った阪急西灘駅
東口の「あんどれ」を覗いてみた。
もちろん、その可愛い子はいなかった。というよりどんな顔かも知らない。
駅には張り紙があった。
「6月1日から阪急西灘駅は阪急王子公園駅に変わります」
顔もわからない松蔭生より、そっちの方が気になった。

5月31日、珍しく学校に行ったあと、坂を下り今日で最後という阪急西灘駅に向かった。
なんとなく「阪急電鉄 西灘 59−5-31」と刻印された入場券を買ってから、
ふと「あんどれ」を覗いた。
もちろん彼女はいなかった。

見知らぬ松蔭生は西灘駅が王子公園駅に変わるのと時を同じくして東京へ旅立った。
彼女が「南野陽子」としてデビューするのはちょうど1年後だった。

そして今日、2系統のバス道沿いの骨董店で33年ぶりに西灘駅を手に入れた。


【灘の昼ごはん362食目】蒸し料理ひのき「蒸し豚もやし定食」

小学生の頃、近所にモヤシを作っている家があった。家庭菜園レベルではなく大量に作っていたいわばもやし農家だ。周辺は六甲山の伏流水が湧く場所で豆腐屋などもあり、湧き水を利用した小さな産業だったのであろう。おそらく井戸に豆を浸して栽培していたのだと思う。路地の奥のアジトのような民家でひっそりとモヤシを作っていることが不思議で、一度その製造工程を見てみたかったが震災で跡形も無くなってしまった。せいろで蒸されたジューシーな厚切りの豚バラの下に隠れているモヤシを見てふとそんなことを思い出した。

蒸し料理ひのき「蒸し豚もやし定食」
●場所
神戸市灘区水道筋6丁目
●本日の昼食
蒸し豚もやし、ご飯、汁物、香の物
680円


【灘の昼ごはん361食目】Logic「昔カレー」

今から100年前、日本初の山茶屋カレーを供した「登六庵」の1913年レシピが「昔(いにしえ)カレー」として限定復活。鶏ミンチとジャガイモがごろり。茶店近くでとれた山菜も入れたそうでヤマ飯感が盛り上がる。売り切れ御免。

Logic「昔カレー」
●場所
神戸市灘区水道筋1丁目
●本日の昼食
昔カレー、玉子、サラダ、コーヒー
900円


第12期灘大学募集

灘のまちを知り、楽しく学ぶ講座「第12期灘大学」が開講します。灘大学は街がキャンパスです。様々なジャンル、視点から灘のまちを再発見する講座やガイドウォークを通して、今まで知らなかった灘と出会ってください。

16nadauniv

●受講料
全6講座 「灘百選の会」会員 1,500円 非会員 3,000円
※受講料は第一回目の会場にてお支払いください
※受講料の払い戻しはできません

●申込方法
・メールで
住所、氏名、電話番号、灘百選の会の会員・非会員を記入の上件名に
「灘大学入学希望」と明記し下記までお申し込みください。
nadaku@office.city.kobe.lg.jp
・区役所で
灘区役所4F「灘百選の会」事務局(まちづくり課内)にある
申込書に必要事項を記入のうえお申し込みください。


●主催・問い合わせ

「灘百選の会」事務局 TEL:078-843-7001(内線223)


バクオン東灘貨物駅(ナダタマアーカイブス)

写真
2016年3月26日に東灘貨物駅跡に開業するJR摩耶駅

神戸の町の音として、昔から「船の汽笛」なんてよくいわれます。
いわゆる「エキゾチック」っつうやつですか?
「プオー プイプイプイ」なんていったりするんですよね。
そりゃあ、私も小さい頃たま~~~に家族で元町なんかいったり
したときにゃあ大変でした。
まず昼飯。母と父のトンカツ戦争勃発。
母「今日は『武蔵』の海老かつにしよ」
父「いや今日は『呂路』や」
母「ケンイチは『武蔵』がええのに」
父「いや…今日は『呂路』や!」
私「・・・・(どっちでもええ)」

もとい、話が少しそれました。
とにかくどっちか行ったあと、何故かメリケン波止場に散歩に行っ
ていました。そこで「プオー プイプイプイ」でした。
ナダクミンの私にとっては「プオー プイプイプイ」はやはり元町
や三宮へ行く、ちょいよそ行きのハレの音でした。

では、普段使いの灘の「ケ」の音ってなんでしょう?
真っ赤に染まる敏馬の空をバックに、ガード下に潜んでいたナダコ
ウモリがうれしそうにダンスを始める灘の夕暮れ。

「ガガガガチャ!ガチャ!ガチャ~~ン!(チャ~ンチャ~ン…)」

神戸製鋼の煙突をも震わせ、天上寺の鐘も共鳴し、海星のマリア様
も思わず耳を塞ぎ、灘浜のテンコチも失禁してしまうといわれる
あのナダゾチックで灘っ子の腹に染入る爆音。
どこから聞こえてくるかというと…

JR灘駅と六甲道駅の間に「東灘貨物駅」というのがあるのはご存知
でしょうか?以前「なぜ灘区にあるのに東灘貨物駅というのか問題」
でも話題になった駅です。この駅の歴史は古く明治37年に「灘
信号所」として開設されました。その後大正6年に西灘村、西郷町
の有志の熱意が受けられられ旅客専用駅「灘駅」として格上げされ
ました。その時駅がちょいと西(現在の灘駅)に移動し、従来の灘
信号所は新しくできた灘駅の東だから東灘駅(貨物専用駅)とされ
ました。
東灘区民の方、このあたりで「その話納得いかない(ドン!)」
って感じになりませんか?
さっさと神戸市に編入された灘区、ごねて編入が遅れ灘区の東に
なったから東灘区。いっしょですよね~。
いっそ住吉駅を灘駅にしとくべきでしたね~。
残念でしたね~。

話がまたそれてしまいました。

そんな東灘区みたいな東灘貨物駅は神戸港方面にのびる臨港線の
分岐駅として地味に機能しています。
そこで毎日派手に行なわれていたのが
「ガガガガガチャガチャガチャ~~ン」の爆音です。
本線上の貨物を神戸港方面へ移送させるため、貨物列車を編成しな
おす時に貨物車と貨物車と貨物車と貨物車と貨物車と貨物車と
貨物車と貨物車と貨物車と貨物車と貨物車と貨物車と貨物車と
貨物車と貨物車と貨物車と貨物車と貨物車と貨物車と貨物車と
貨物車と貨物車と貨物車と貨物車と貨物車と貨物車と貨物車と
貨物車と貨物車と貨物車と貨物車と貨物車と貨物車と貨物車と
貨物車と貨物車と貨物車と貨物車と貨物車と…貨物車が50両ばか
りぶつかりあう音なのです。夕方になると、遠くの方からあの
「ガガガガガチャガチャガチャ~~ン」がやってくるのです。文字
だとうまく表現きませんが、ドミノ倒し的といいますか、伝言ゲー
ム的といいますか、都賀川(大石川)あたりから西に向かって爆音
が走り抜けるのです。ちょうど腹が減ったところに響くその爆音は、
灘っ子にとっては空腹に轟く時鐘であり、もうすぐご飯の知らせで
あります。
「腹がグー、貨物がガガガチャガチャガチャ~~ン」
中田ダイマルラケットの漫才のように毎日繰り替えされる儀式なの
です。

かつてはヨーロッパ行きの客船の乗客を神戸港へと運ぶ「ボート
トレイン」も通った東灘貨物駅
市バスのバス停もあった東灘貨物駅
王子動物園の動物達を下ろした東灘貨物駅
貨物列車がいっぱい止まっていた東灘貨物駅
重油臭かった東灘貨物駅
電車から見てもどこが駅かわからない東灘貨物駅
照明灯がとっても明るい東灘貨物駅

それでいつもレールが光っている東灘貨物駅
…なんだか森本レオの『母さんの歌』みたいになってしまいました
が、そんな大好きな東灘貨物駅から港へと伸びるあのノンビリとした、
臨港線も廃止されると聞きました。

あの爆音が聞こえなくなって何年経つのでしょう。いや今でも聞こ
えているのかもしれませんが、大人になって聞こえなくなってしま
ったのかもしれません。(それはありうる)

みなさんもどうぞたまには街に(遠く灘を離れた方は記憶の中の灘の
街に)耳をすませて見てください。
忘れていたあの街の音が聞こえてくるかもしれませんよ。

今日耳をすませば、上空には報道ヘリの爆音。
震災から7年経ちました。

(naddis020120-113 ナダソニック10「バクオン東灘貨物駅」2002.1.20より)


2016/3/5(土)第11期灘大学vol.6「灘文学~灘風文筆生活のススメ」

15灘風文筆生活

3月の灘大学最終講義は文学枠。灘がいかに文筆生活に適している街か…今乗りに乗っている灘区在住の二人のライターが語るトークサロンです。(サイン本の販売あり)

●日時
2016年3月5日(土)10:00〜12:00

●会場
9:45古本屋ワールドエンズ・ガーデン

●受講料
500円(灘大学生は無料)
※受講料は会場にてお支払いください

●申込方法
・メールで
住所、氏名、電話番号、灘百選の会の会員・非会員を記入の上件名に
「第6回灘大学係」と明記し下記までお申し込みください。
nadaku@office.city.kobe.lg.jp

●主催・問い合わせ
「灘百選の会」事務局 TEL:078-843-7001(内線223)

●ゲスト
西岡 研介さん
1967年、大阪市生まれ。元神戸新聞記者。「噂の真相」「週刊文春」「週刊現代」を経て、フリーランスに。2008年に『マングローブ テロリストに乗っ取られたJR東日本の真相』で講談社ノンフィクション賞を受賞。著書に『襲撃 中田カウスの1000日戦争』、共著に『ふたつの震災』など。灘区在住。

松本 創さん
1970年、大阪府生まれ。神戸新聞記者を経て、現在はフリーランスのライター・編集者。関西を拠点に、政治・行政、都市や文化などをテーマに取材し、人物ルポやインタビュー、コラムなどを執筆。著書に『日本人のひたむきな生き方』『誰が「橋下徹」をつくったか』、共著に『ふたつの震災』など。灘区在住。